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「仕事辞めてきた。」破天荒な父を持ったわたしの人生。(前編)

 
 
 

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わたしが大学4回生の夏のこと。
ある日突然仕事から帰ってきた父が家族にこういった。
 
 
 
 
 
「今日仕事辞めてきた。」
 
 
 
 
 
 
聞き間違いかな??そう思った。
 
 
 
次の言葉はこうだった。
 
 
 
 
 
「お父さんは年末にはマレーシアに移住するから、あとはみんな好きにしてほしい。僕の住民税とかはかからなくなるから。」
 
 
 
 
 
何をいってるのかわからなかった。
 
 
 
 
 
ちなみに、
 
母はパートでせいぜい月12万円ほどの稼ぎだったと思う。
 
わたしは全国トップレベルの強化部で毎日遅くまでハードな練習をしていたことと、理系学部で卒業研究まっただ中で、アルバイトなんてしてる場合ではなかった。授業料はすでに奨学金に頼ってなんとかしている状況だった。
 
妹はドロップアウト気味だったこともあって、高校卒業して就職できるかもわからない状況だった。
 
 
 
 
わたしはあと半年で社会人になる。
 
4つ下の妹もあと半年で高校を卒業する。
 
 
 
 
 
そんなタイミングで、余計に意味がわからなかった。
 
 
 
 
それに、住民税とかはかからないってなんの話なのか。ほんまか嘘かは知らないが、そもそも
そういう問題ではない。
 
 
 
わたしは何がおきているのか理解するのに時間がかかったが、
しばらくしたら、
体の中心からマグマが湧いてくるような人生で初めての感覚を味わった。
 
 
 
 
これが本当の怒りか。
 
 
 
 
 
ふだんあまりイライラしない性格だったわたしだか、
この日人生で初めて、泣きながらリモコンやティッシュの箱を投げて大声を上げたのを覚えている。
 
その時の父の冷たい眼差しは、今でも鮮明に覚えてる。
 
自分の親だと思うと、本当に悲しかった。
 
 
 
涙が止まらなかった。
 
 
 
 
おかげでわたしは、10年間全力を尽くしてやってきた部活を休部せざるを得なくなった。
あと4ヶ月というラストスパートの時期だったので、残念でならなかった。
 
そしてアルバイトをすることにした。
 
卒業研究は研究室の先生に事情を説明して、週に一回日中の先生がいる時間にやることに、1人でできることは、夜にすることにした。いつもバイトが終わってから、終電までやっていた。
研究室に泊まったことも何度もある。
 
 
その日から父と口を聞くことができなかった。
 
どうしても許すことができなかった。
 
 
そしてその年の12月の末、父はマレーシアを目指して出発した。
 
 
 
 
その後、父がどうなったのか、
わたしと家族はどうやって生きていったのか、
 
後編に続く。