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破天荒な父の話 後編

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父が仕事を勝手にやめた日から、
わたしのめまぐるしい日々が始まった。

特に、3ヶ月ほどたった時から1ヶ月間は、これでもかってくらいハードだった。

それまでの人生のかなりの時間を注ぎ込んだ部活をせめて卒部して締めくくりたかったので、三足のわらじ状態でかなりきつかった。

 

まず、朝からアルバイトに行く。

バイト後は大学へ向かう。

研究室で、部活が始まるギリギリまで卒論を書く。

21:30まで部活をしたら、研究室に直行。

最終バスにのり、
電車で一時間半ほどかけて帰宅。

電車に乗っている時は、基本楽譜を読んでいた。

部活で自主練習ができない分、ここで補うしかなかった。


家に着くのは、1時ごろだった。

ご飯とお風呂と寝るためだけに帰っていた。

 

こんな日々の繰り返しだった。

 

 


世間からしたら、大学に行ってまで部活をさせてもらっているなんて、贅沢だ!と言われるのかもしれない。


そのことは両親には本当に今でも感謝している。


ただ、それとこれとは別のこと。


父の勝手な行動で、
あまりにも突然に、
わたしだけでなく、家族の人生計画を狂わされたことは、
どう頑張っても許すことができなかった。


しかもリストラなどであれば納得がいくが、
マレーシアに行って老後を満喫するため、その夢を叶えるためだ。

 


やっぱり、意味がわからない。

 

 

 

 

そんな父は、
数ヶ月間でマレーシア行きの準備を着々と進め、ついに旅立ってしまった。


今までわたしの不満ばかり書いているが、母の気持ちを考えたら、かわいそうでしかなかった。


でも、自分も必死だった。もし
卒論がちゃんとできなかったら、留年になり、さらに学費がかさむ。

アルバイトはできる限りしなければ、父の収入分を補うことなんてできない。


とにかく毎日必死だった。
休む暇なんてなかった。

 

 

 

そん毎日を続けていると
わたしに2つの光がさした。

 

 

教師を目指していたわたしは、
夏の教員試験に落ちていたので、その時のアルバイトを卒業してもそのまま続けるつもりでいた。

ところが、
教職担当の教授からある時突然呼び出しがあった。

単位が足りなかったのか?!
そう心配していたが実際は違った。


「私学の中高一貫の数学教師を探しておられる学校がある。君を推薦するから、面接に行ってはどうか?」

という話だった。

思ってもいない話が飛び込んできて驚いた。

もちろん断る理由なんてなかった。

推薦ということもあり、すんなりと採用していただいたのだ。

 

 

もう1つは、
研究室の先生からだった。


ある日、研究室で卒論を書いている時、

先生が、
「卒業研究発表の時の、うちの研究室からの代表者を、君にしようと思う。」
と言ってくださった。

週に一回しか、先生と顔を合わせていないわたしなのに、いいのだろうか??
疑問に思ったが、先生はなぜか信用してくださっていた。


そして、研究発表の日。

わたしの研究発表を審査する教授は、運悪く、十数人いる中でも何かと質問をしてすんなりと終わらせてくれないというツワモノだった。

ところが、何が起こったのか、
わたしのプレゼンが評価され、
プレゼン賞を受賞することができた。


100人近くいる中で、たった10人が選ばれるというものだった。


正直、大学四年間は、部活のことばかりしていた勉学はおろそかな学生だった。

なのに、自分が選ばれるなんて、本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

世間では
「二足のわらじはどちらも中途半端になるから良くない」
と考えている人が少なくないと思う。


でもある意味、わたしに起こった2つの出来事は、この時の「三足のわらじ」のおかげだった気がする。


父のことは今でも許していないが、
ある意味父のおかげで、
自分はこれ以上にないと言い切れるほどの全力を出すことができた。

 

 

 

 

 


こんなことが起こったら、ふつうは嫌なことばかりのように見えてしまいがちだ。


でも、
考え方ひとつで、自分の人生に光を感じることができるんだ、と身をもって感じることができた。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにマレーシアに旅立った父だが、
実は旅の途中で、頼りにしていた知人と何らかの理由でもめたらしく、今は日本で森の中の古い家を改築しながら、自給自足の生活を目指しているようだ。


不思議なもので、
筋の通っていないことをしたバチが当たったのか、世の中、うまくできているなぁ、と納得した。

 

 

 


世の中にはもっともっとどん底とか災難なことを経験している人はいっぱいいると思うし、自分の人生でも、もしかしたら、さらにひどいことが起こるかもしれない。

ただ、この時の経験のおかげで、全てをマイナスに捉えてしまうなんてことはなくなった。次何かが起こったとしても、驚かずに乗り越えていける、そんな気がする。

 


考え方って重要やなーってこと。

 

 

それと、たぶん神様はちゃんと見てるってこと。

 

 

 

 

 

 


そんなことを学べた印象的な事件だった。